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ぽたり、と空から雨粒が落ちるのと、彼女の目から涙が溢れるのは殆んど同時だった。

「ごめん。好きな人居るんだ。」
「知ってた。分かってたよ。」

こういう時に気の利いた言葉ひとつ言えない自分自身が情けない。彼女はそれきり黙って、ハンカチで目元を押さえた。アスファルトを濡らした雨粒と涙は混じり合い、地面に幾つもの水玉模様を作っていた。

「いつも見てたから、分かってた。それでも、伝えたかったの。ごめんね。」

彼女は最後に笑って見せた。彼女の瞳は、煌めいた涙で輝いていた。

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大丈夫という根拠も責任も無い言葉は嫌いだ。私は蚊帳の外ですという風な顔をして、上から目線で言ってくる人の気が知れない。それで慰めたつもりになって、自分の自尊心を維持しているだけだろう。偽善者の言葉程、信用ならないものは無い。何がどう大丈夫なのか、問いただしたい。何も知らない癖に。

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じりじりと太陽の光が、肌を焼く。すっかり、夏の盛りといった気候だ。額から伝う汗をリストバンドで乱暴に拭き、帽子を被り直す。さあ、戦いだ。俺達の最後の夏は、審判の「プレイボール!」という力強い言葉で開始された。そこで一気に、神経が徐々に張り詰めていくのを感じた。この緊張感は好きだ。

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お題:虹色鉛筆 (ぽぃさんより)

彼女の話は聞いていて楽しい。目を輝かせ、時折身振り手振りで話しをする。それを見ているだけでも、飽きる事は無い。自分がずっと黙っているからか、彼女は少し頬を膨らませた。

「ねえ、聞いてる?」
「勿論。」

そう答えると彼女は話し始めた。表情がくるくると変わる所が好きだなとふと思った。

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お題:見えない糸

私は幾つもの糸を切っては結び、再び切れて、新しい糸を見つけて、そうして彼に辿り着いた。私は人付き合いが、苦手である。それでも、彼との糸は途切れなかった。喧嘩をした事も、言い合いになって傷つけた事も、沢山あった。彼との付き合いは続いている。私にとって、一番大事な糸は彼との物だった。

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お題:曇天

幾ら空を観ても、晴れる気配は全く無かった。軽く溜息を吐き、窓にレースのカーテンを引いた。太陽の光が僅かしか届かない部屋は、更に暗くなる。落ち込む気持ちに、何もしたくないなあとごろりと横になる。そんな時に君から連絡がくる。画面を見て、返信文を考えながら打ち込む。空は未だ曇っている。

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授業中に眼鏡を掛ける彼女の横顔は凛と咲いた花の様であった。普段は眼鏡を掛けていない彼女だが、授業中には眼鏡を掛けている。その時間にしか見られないというのが、とても貴重な事のように思えた。彼女は黒板を見て、真剣にノートに書き写している。自分といえば、彼女の横顔を盗み見ながら、授業をぼんやりと受けていた。世界史の授業は書く事が多くて、嫌だなあ。似たようなカタカナの人物名を、ノートにつらつらと書き写す。これを一度に覚えられる訳が無いなあと、来月のテストを思い溜息を吐く。彼女は教科書の重要項目に線を引いたり、教師の言った言葉迄丁寧にメモを取っていた。それだけの気力がない自分にとっては、彼女のその世界史に対する熱意は驚く程だった。やがて、チャイムが鳴り授業が終わる。ざわざわと人のざわめきが教室を支配していく。教科書とノートを、机の中にしまい次の授業の準備をする。次は、数学か。これなら世界史に比べて、少しは楽しそうだと心の中で呟く。彼女は、ノートの見直しをして丁寧に教科書とノートを、机の中にしまった。

「世界史好きなの?」
「え?」

唐突に話し掛けた自分に、彼女は驚いた様だった。

「だから、世界史。好きなの?凄い熱心にノートとってたから。」
「ああー、どちらかと言えば不得意かな…。」
「そうなの?」

意外であった。彼女は世界史が好きだから、熱心に授業を聞いているものとばかり思っていた。

「苦手な授業は、ちゃんとノートとるって決めてるの。後で困るの目に見えてるから。」
「しっかり者だなー。俺も世界史苦手なんだ。全然授業に身が入らなくてさあ。」
「本当、ぼーっとしてたもんね。全然動かないから寝ているのかと思った。」

そう言って彼女は笑った。眼鏡がよく似合うなあと、自分は今の会話とは見当違いな感想を抱いていた。

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お題:猫 (ぽぃさんより)

私のご主人は、マイペースだ。私達の共通点でもある。六畳一間のアパートに、ご主人と私は一人と一匹で暮らしている。私は猫である。茶トラで黄緑色の目をした私を、ご主人は「きなこ」と呼んでいる。私はそれを自分の名前と認識しているが、人間の世界での「きなこ」が何なのかは知らない。

「にゃおん」

そろそろ、ご主人が起きる時刻だ。空が徐々に明るくなって、すりガラスの窓が柔らかい赤色になっていく。ご主人が起きると、私は食事が貰える。前足で、ご主人の顔を、むにっと押す。

「……きなこ。おはよ。」

ご主人は寝ぼけ眼でそう言うと、暫く瞼を閉じたり開けたりを繰り返す。私は食事を催促する様に、にゃおん。と鳴いてみせる。ほぼ毎日私達は、同じ様なやり取りをしている。私がいなかったらご主人は、起きられるのだろうかと要らぬ心配をしてみたりもする。ご主人は、起き上がると伸びをして、そっと私の頭を撫でる。私はそれを甘んじて受け入れる。その後、ご主人は私の食事用の皿を綺麗にしカランカランと音を立てて、食事が盛られていく。私はその音が堪らなく好きだ。

「きなこ、おいで。ご飯だよ。」

ご主人の足元をぐるりと回って、頭を擦りつける。その様を見て、ご主人はにこりと笑う。そして、私は食事にありつく。平和な毎日である。

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お題:黒曜石 (シキカさんより)

彼の横顔が好きだった。凛として、何者も寄せ付けない強さが感じられる、その瞳が好きだった。彼の好きな所を挙げていけばキリがない。読書中に伏せられた長い睫毛から覗く、瞳。上から下へと文章を追い掛けていくその瞳を見て、少し本に嫉妬した位だ。彼は人の目を見て話す事が、特に苦手だと言っていた。それは、彼女である私に対しても例外では無かった。きちんと見つめ合って言葉を交わしたのは、彼が私に告白をしてきた時ぐらいだろうか。そう考えると、こんなに近くにいるのにその瞳に映る事さえ出来ない私は、一体何なのだろうと疑問に思う。勿論、彼のそういった面を知っていたし、今更どうこう言って変えるのは難しいだろう。多少苦手な物事がある方が人間らしくて良い。彼はそう思わせる位に、私にとっては完璧な存在だった。

「その本、面白い?どんな話?」

読書が一段落したのか、彼がふと窓を見た時に声を掛ける。太陽に照らされて伸びる影は、随分長くなっていた。もうすぐ太陽も沈んでしまうだろう。彼は、本の背表紙を一撫でして、私の問いに対する答えを考えている様だった。

「悪くない。少なくとも、俺は好きだな。海外の冒険家の話だよ。」
「そうなんだ。今度私も読みたいな。」

そう言うと彼は私の目を見た。久し振りに此方を向いた顔に、私は少し驚いた。彼の方から視線を合わせる事は、これまで殆んど無かったのだ。夕陽に照らされた窓から差し込む赤色は、彼の輪郭を柔らかく照らす。

「読み終わったら、貸すよ。」
「ありがとう。」

彼は少しはにかんで、照れている様だった。こういう顔を見られるのは、彼女である私の特権だ。

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お題:瞬く (ぽぃさんより)

廊下ですれ違うその一瞬、彼女の姿を見付けた。向こうはお喋りに興じており、此方には気が付いていないようだった。肩より少し長めの、黒髪が窓から差し込む光できらりと彼女を彩る。廊下の角を曲がっていくまで、見惚れていた自分を遠くの方から友達が呼ぶ。

「早くしねえと、次の授業遅れるぞ。」

友達は、言葉こそ乱暴だが先に行ったり置いて行く事をしない。こいつはこいつで、お人好しである。自分の数少ない友人の内、親友と言うなれば彼の名を一番最初に挙げるだろう。

「悪いな。」

友達のいる場所へと追いつき、次の授業が科学の実験である事を思い出す。座学の授業よりも、実験の方が幾分かマシである。座学はとにかく眠気との戦いである。

「何かあったのか?」

友達は階段を曲がって行った、廊下の角を目線で追っていた。

「いや、何も。」

その後、友達からの追及も無かったので二人で実験室へと向かう。

授業の最初に、実験の説明と必要器具や注意事項の話があり、その後は各グループで言われた手順で実験を行う。実験で見る、液体の化学反応よりも、彼女の黒髪を照らした太陽の光の方が、この世界のどれよりも綺麗だと思った。

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