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彼女に勝てることは、私にはひとつも無かった。背も高く文武両道で、どんな人にも優しく接する彼女は人徳がありいつも周りに人がいた。そんな彼女がふと呟いた「静かな所に行きたい。」彼女も知らないうちに周囲の人からプレッシャーを、受けていたのだ。彼女も完璧な訳ではないのだと少しほっとした。

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平々凡々な自分と、彼女はつり合って見えるだろうか?偶に挨拶がてら話すことはあるが、自分はその他大勢の一人だ。廊下ですれ違う度に、彼女から目を反らす癖が付いた。何も彼女に想いを伝えない自分は、臆病者以外の何者でもなかった。今の関係を壊すのが、何よりも恐ろしくて仕方がなかったのだ。

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数日前に比べると、大分日が延びてきているようだ。気温は大して変わり無いが、私は多少なりとも嬉しく思っていた。書物が煮詰まれば、気軽に散歩に出掛けられるようになったのだ。町内をぶらりと周り、河川敷の土手でぼうっとしながら、傾いてきた太陽を見ている。春はもうすぐそこにあるようだった。

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薄い唇に紅をさす。私は結婚をすることになった。お相手の顔を見たことは、無いままだ。話ばかりが誰も止められない程に、とんとん拍子に進んでいった。頬紅を薄くのせて「とてもお綺麗ですよ。」と目を輝かせて言う。鏡を見ると普段の自分とは、まるで違って見えた。まだ私は、現実味をもてなかった。

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風が強く吹き幾つもの花弁が舞う。薄い桜色のそれらは、どこか現実味が無かった。いつの間にか春になっていた。君がいない町で、また春を迎えている。惰性で引越しもせず、仕事も前のままで、うだつの上がらないただのサラリーマンだ。何年も前に居なくなった君を、無意識に探している。春は、苦手だ。

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小指だけを絡め、ベンチでぽつりと会話をする。夕陽が落ち、そろそろ帰ろうかという雰囲気が満ちる。そろりと離された小指の先が、やけに冷えて感じられた。「また明日。」公園近くの交差点で彼女は寂しげに「またね。」と右手を振り雑踏に紛れて行った。こうして彼女を見送るのが、僕等の毎日だった。

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無い物強請りであれこれ集めたけれど、結局私に残ったのは大量の物と薄い人間性だけだった。憧れの人の事を真似して、努力はせずに仮初めの自分を作り続けている。もう歯止めが効かない。私はいつになったら、本当の私に出会えるのだろう。本当の私とは、何だろう。こんなはずじゃなかった。こんな…。

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私の手から溢れた水の行き先は何処だろうか。下水管から浄水場へ流れ行き、川を下り行くだろう。そして、私がまだ見たことのない海へと注がれるのだろうか。広大な海で波打ち際を行ったり来たりしながら、雲となり雨となりまたこの手へと帰ってくるだろうか。私は手に溜めた水を全て零す。さようなら。

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唯一つだけ君に伝えたいことがあった。何度もタイミングはあった筈なのに、私はいつまでも、その一言を告げることができなかった。卒業式が終わりガランとした教室の中、君はただニコリと笑い「またね。」と教室から出て行った。気が付けば、自分の鞄を引っ掴み大急ぎで、君の後ろ姿を追い掛け始めた。

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自分は彼女に言われた『ありがとう』を君にきちんと返せて居ただろうか。彼女は、よく笑い他人の為に涙を流し、必要であれば自分を叱ってくれていた。自分は彼女程に良き人格者では、決して無かった。今回の事は彼女に変わって、自分に降りかかる災厄であるべきだったと握った拳に爪を立てて思う。交通事故だった。彼女は頭を地面に強く打ち、即死だったそうだ。この話を聞かされた時は、頭が真っ白になった。何も考えられなかった。ただただ、この世に彼女がいないという事実が痛い程に心を抉る。自分は彼女に何をしてやれただろうか。自分と居て、彼女は幸せを感じられていただろうか。せめて、彼女が嬉しそうに言った『ありがとう』と自分が言った回数が同じでありますようにと思った。

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