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『絆の結び方』
・1章 はじまり_02

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 ショーンは部屋でミルクティーをゆっくりと飲んでいました。時計の針は、真夜中の二時を回った頃です。家中の全てのものが、静かに息を潜めている時間になりました。ショーンは、クレアに話していない秘密が一つだけあります。何故ショーンは、闇市に出入りしているのでしょう。普通の人間は、危ない闇市の近くへは近寄りません。そこには、人間だけではなく異形の者が数多く出入りしているからです。ショーンもそれを知らない訳ではありませんでした。
「時間か……」
 ショーンはゆっくりと立ち上がり、洗面所へ向かいます。コップに水を注ぎ、しばらく待ちました。やがて、コップの水面が小さく揺れ始めます。ショーンは、それを待っていました。ショーンの手には鋭い爪が生え、口は大きく裂け、黒くて大きな耳が髪の毛の隙間から覗いています。これがショーンの秘密でした。鋭い爪で器用に粉薬の袋を開けて、コップの水で流し込みます。真っ赤に染まった瞳が、徐々に元の灰色に戻っていきます。鋭い爪も大きな口も大きな耳も、いつの間にかなくなっていました。ショーンは、粉薬の力で人間に化けている黒い獣だったのです。それは黒獣(こくじゅう)と呼ばれる獣でした。人間には悪魔(ディアボロ)の手先だと言われている恐ろしい獣です。ショーンが黒獣であることを知っている人間は、一人としていません。ショーンはこの秘密を、クレアに話そうとは考えていないのです。クレアがショーンを嫌ってしまうという心配もありました。幼いクレアは闇市で生きるより、人間の世界でまっとうに生きる方が幸せになれるとショーンは思っていたからです。黒獣である自分がクレアについていれば、身に降りかかる危険から守ることができます。ショーンはクレアが大人になるまでその成長を見届けたいと思っているのでした。
 粉薬が入った紙袋を、ショーンはクローゼットの上の棚に隠しました。ここなら背の低いクレアの目につく心配はありません。うっかり、薬を飲んでしまうなんてことがあっては大変です。ショーンはミルクティーが入っていたマグカップを、キッチンに持って行き片付けました。辺りはまだひっそりと静かです。蛇口を閉める音がキッチンに響きました。ショーンは部屋に戻る途中に、ランプの光が漏れるクレアの部屋に寄り道をしました。広いベッドの端の方に、クレアは小さく丸くなっていました。淡い金髪はランプの光で、オレンジ色にきらきらと輝いています。ショーンは、クレアの目尻に小さな涙の粒があることに気が付きました。あくびのせいという訳ではなさそうです。怖い夢でも見ているのか、ショーンは少し心配になりました。小さな涙の粒は、ショーンの指先を僅かに濡らすばかりでした。これまでと大きく環境が変わったことで、クレアは少しの間苦労をするかもしれません。その手助けをできる限りショーンはするつもりでした。クレアが眠れないと言えば絵本を読み、お腹が空いたと言えば好きな食べ物を料理しようと考えています。そのことをクレアは知りません。まだ二人は一緒に住み始めて一日目なのです。ショーンはクレアのことが気がかりではありましたが、ランプの灯りを落として部屋へと戻りました。空に浮かんでいるお月様だけが、ショーンの秘密もクレアの涙も全て知っています。それは、秋になって一番寒い日のことでした。
 お日様は、何の変わりもなくいつも通り昇りました。二人は一緒に朝ごはんのシリアルを食べています。シリアルはスプーンで簡単に食べられるので、クレアはホッとしていました。まだナイフとフォークはクレアには少しむずかしいのです。
「このカリカリしたの、なんで甘い味がするの?」
 シリアルは、ほんのりとチョコレートの味がします。ですが、チョコレートのように茶色ではないのでクレアは不思議に思いました。シリアルの小さな粒たちは、小船のようにぷかぷかとミルクの海に漂っています。
「それはね、ココアパウダーという甘い粉の味だよ」
 よく見るとシリアルの小さな粒には、これまた小さな粒のココアパウダーがついていました。シリアルはクレアも何度も食べたことがあります。ですが、これまで食べたものはこんな風に甘くなかったのです。ココアもクレアは知っていましたが、闇市で前に飲んだココアは味が薄くてちっとも美味しくなかったのを思い出しました。こんな風に美味しくて甘いシリアルは初めて食べました。
「甘くておいしい」
「良かった。りんごは好きかい?」
「うん」
 ショーンはキッチンに置いてあった果物かごから、りんごを取って皮をむき始めました。大きな手が器用にくるくるとりんごの皮をむいていきます。クレアはそれが魔法のように思えて、ショーンの手元をじっと見ていました。りんごは綺麗に切り分けられ、お皿の上に盛り付けられました。小さなフォークを添えて、ショーンはクレアの方へお皿を置きます。
「お食べ。この時期は、りんごが美味しいから」
「ありがとう」
 クレアは小さなフォークで、りんごを食べ始めました。のんびりとした朝ごはんは、久し振りです。闇市で商人の売り物として暮らしていた頃は、こんな風にゆっくりと食事をすることもありませんでした。ショーンと暮らすようになり、クレアは初めて経験することが増えていきます。
「おいしい」
 甘い蜜が詰まったりんごは、ジュースのように美味しいです。このりんごでジャムを作ったらどんなに美味しいことでしょう。
「ご近所の人に貰ったりんごだよ。今度お礼に行こうか」
「うん」
 昨日ショーンの家に帰ってきたときには、夕方だったので周りにどんな人が住んでいるのかクレアはまだ知りません。優しい人だったら良いなと思いながら、クレアはりんごをむしゃむしゃと食べました。朝ごはんを終えたあとは、二人で家の掃除をしました。クレアはモップで床を綺麗に磨きました。モップの方がクレアよりも背が高いので、少しだけ大変でした。クレアは掃除が得意です。闇市の商人のところにいたときに、クレアは掃除係だったからです。床拭きも窓拭きも、クレアは一生懸命やりました。キッチンに廊下にクレアの部屋、そこまでモップで掃除をしているともうすぐお昼ごはんの時間です。クレアは背の高いモップをバケツの水で洗い、汚れた水を下水へと流しました。やっと、掃除は一段落しました。
「クレア、ちょっとこっちへ来てごらん」
「はあい」
 ショーンが書斎の方からクレアを呼んでいます。クレアはモップとバケツを片付けて、書斎の方へと走っていきました。書斎の大きな扉を開けると、床にはたくさんの本が積み重なっていました。ショーンは本の整理整頓をしているようです。
「好きなものがあればクレアの部屋へ運ぼうと思うのだが……」
「選んでいいの?」
「ああ、もちろん。お昼ごはんを食べてから、色々見てごらん」
「ありがとう」
 その日は天気が良かったので、小さな庭で二人はサンドウィッチを食べました。ふわふわとした食パンの間には、トマトやハムが挟んであります。少し休憩をしてから、ショーンの書斎で二人は本を選びました。ショーンは難しそうな分厚い本を何冊か取り出して、それぞれ読み比べています。クレアは、色々な本の中からいくつかの絵本と図鑑を選びました。絵本と図鑑は挿絵がたくさんあり、それだけでも十分楽しめます。ただ、クレアは字が読めないので、どういうお話が書いてあるのか分かりません。

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『絆の結び方』
・1章 はじまり_01

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 昔々あるところに、ショーンという男が住んでいました。紅茶と読書が好きな、物静かな紳士でした。ある日ショーンは闇市で、少女に出会います。少女は名前をクレアといいます。十歳程の、淡いブロンドヘアの少女でした。
「お嬢ちゃん、歳はいくつになるのかい?」
 ショーンの質問にクレアは少し困った様子でした。クレアは数字を数えることができなかったからです。商人が、十歳だと教えました。クレアは同年代の子より、うんと小さいです。
「私で良ければ、一緒に住まないかい?」
 ショーンはクレアにそう声をかけました。クレアは丸い目をぱちぱちと瞬きして、商人の顔を見上げました。
「旦那、これは返品不可ですよ」
 商人は少し訝しんで、声をかけました。
「ああ、それで構わないよ。おいくらだい?」
「金貨五枚です」
 商人に言われたとおり、ショーンは財布から金貨を取り出して渡しました。足かせがつけられていたクレアの細い足首は、こうして自由になりました。
 粗末な服を着て靴を履いていなかったクレアに、ショーンは一通りの日用品を買い揃えました。クレアは、ショーンにお礼を言います。路地裏の石畳は、ひどく冷たくクレアの足をいつも氷のようにしてしまっていました。
「気にしなくて良いんだよ」
 クレアの頭を撫でて、ショーンは優しい声で言いました。
 ショーンはクレアをおんぶして、その日は帰りました。小柄なクレアは、羽のように軽く感じられます。帰り道にクレアは色々なことを話しました。大家族の末っ子だったこと、忙しく働く両親のこと、両親の助けになりたかったこと。クレアは話をしましたが、何故自分が商人に売られたのかは分かりませんでした。クレアは闇市での生活が長くなり、少しずつ家族のことを思い出すのが難しくなってきました。最後に見た家族の姿は、ごめんなさいとクレアに謝る姿です。それも遠い昔のことのように、思い出されます。
「良かったら、私を君の家族にしておくれ」
「あなたを?」
「ああ、私で良ければね」
 ショーンは静かに言いました。クレアがどんな顔をしているのか、ショーンには分かりません。
「あなたは……家族はいないの?」
「随分前からいないよ」
 ショーンは随分と前に家族を亡くしてから、一人ぼっちでした。クレアは、それがどんなに静かであてどない生活だったか想像できません。
「おじさんは、私の家族になってどうするの?」
「君を立派な女性に育て上げるよ」
 家に帰り着いた二人は、まずクレアの部屋を決めました。お日様の光がたくさん入る、明るい部屋です。今まで、暗い闇市にいたクレアは、その光がまぶしくて目を何度か瞬きしました。
「本当にここ使っていいの?」
「いいとも」
 ショーンの家は、一人で暮らすには広く大きな家でした。しかし、どの部屋もきちんと掃除が行き届いていて、ぴかぴかと輝く窓が眩しいです。クレアが気に入ったのは、ショーンの書斎でした。そこにはたくさんの本がありました。ただ、クレアは文字を読むことができません。表紙に綺麗な星が描かれた本を、クレアは手に取りました。
「気になるかい?」
「うん」
「これはいい絵本だ。今晩、これを読もう」
 絵本を読んでもらうことは、クレアにとって久し振りのことでした。まだ字が読めないクレアは、自分で本を読むことができません。絵本を読んでもらうのは、とても好きでした。そこには、クレアの知らない世界がたくさん広がっているからです。
 この日の夕飯は、ごちそうでした。温かいスープに分厚いハンバーグをショーンは作りました。小さい子どもが好きだと前に聞いたことがありました。
「さあ、クレア。夕飯にしよう」
「わあ、おいしそう!」
 クレアはおいしそうな夕飯を前に、もじもじとしていました。綺麗に並んだナイフとフォークの、どれを使ったらいいか分からなかったのです。そんなことを言ったらまた捨てられてしまう気がして、クレアはショーンに言いだせません。ショーンは困った様子のクレアに、ナイフとフォークを手渡しました。ほっとした顔でクレアはお礼を言います。
「ありがとう」
「難しかったら、フォークから練習してごらん」
「うん」
 クレアは、分厚いハンバーグをナイフで切りました。ハンバーグからじわりと溢れる肉汁が、お皿の上に広がります。焼き目がきちんとついたハンバーグは、少し熱いですが温かい食事はとても嬉しいものです。ナイフとフォークを使う食事は久し振りでした。クレアは慣れない手つきですが、ハンバーグを食べます。
「おいしい」
「良かった。たくさんお食べ」
 温かいハンバーグにスープに、クレアのお腹はいっぱいになりました。
 ふわふわの泡がたくさん溢れるお風呂は、クレアをとても楽しませました。こんなお風呂は初めてでした。新しいタオルに新しいパジャマ、何もかもが新しくてぴかぴかして見えます。ただのお風呂もとても楽しいのです。
「髪の毛を乾かそう」
 ショーンは長く伸びたクレアの髪の毛を、タオルで優しく拭きました。淡いブロンドの髪の毛は、きらきらと光っています。こうして誰かに髪の毛を拭いてもらうことは、とても久し振りのように感じられました。最後にこういう風に髪の毛を乾かしてもらったのは、クレアが闇市に売られる前のことでした。
 約束通り、ショーンはクレアに絵本を読みました。ショーンの書斎でクレアが見つけた、星の話の絵本でした。星もいつかは輝かなくなってしまうということを、クレアは知りました。きらきら光る星しか知らなかったクレアは、星も死んでしまうと思うと悲しくなりました。輝くことができなくなった星達は、どうなってしまうのでしょうか。ずっと真っ暗な空を、宙ぶらりんのまま過ごさなくてはいけないのでしょうか。そう考えると、クレアは家族と離れ離れになってしまったことを、思い出さずにはいられませんでした。ショーンの温かい食事も、寝る前の絵本も、昔クレアの母がそうしてくれたことを思い出させました。絵本を読み終わった後、急に静かになったクレアにショーンはホットミルクを作ってくれました。温かいミルクには、砂糖が入っていて飲んでみるとほんのりと甘く感じられます。
「ありがとう」
「お安い御用だよ。今日は疲れただろう、ゆっくりとお休み」
「うん」
 少しだけ寂しい気持ちをクレアは思い出しました。ショーンといることで、家族のことを思い出すのはなんだか不思議な気持ちがします。クレアは歯磨きをして、広いベッドに寝転びました。天井がとても高く感じられます。暖かい毛布をかけて、何度か瞬きをしました。ベッドの傍にあるランプが部屋の中をオレンジ色に照らしています。暖かいベッドで眠るのは久し振りでした。この日はクレアも疲れていて、いつの間にか眠ってしまいました。小さな寝息を立てているのを見ているのは、空のお月様だけです。ぐっすりと眠っているクレアは、ショーンの秘密をまだ知りません。

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『単発』
・寒空と待ち人
・ずるい人だと思った
・生演奏を好む訳
・どこにでもいる誰か
・現実逃避
・ひしゃげた鶴
・守りたくなった他人
・戒めとして
・知らない誰か

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師走の空は低く重たい。立ち込める雲から雪が落ちてくるのは、時間の問題だろう。白い息を吐き出して、周囲を見渡しても待ち人はまだ現れない。遅れると連絡があったので承知していたけれど、慣れない土地で一人はやはり心細かった。遠くに見知った姿を見つけて、手を振る。空からは、雪が落ちてきた。

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あなたは絵が上手かった。鉛筆一本と紙を与えれば、気が済むまで絵を描く人間だった。絵が描けない僕は、一種の魔法を見せられているような心地さえしていた。色鉛筆は決まって青から小さくなった。何故だろうと話をしたことがある。海を見ても空を見ても、あなたを思い出させるためかもしれなかった。

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ピアノの旋律だけは、実に素直だと思う。毎日同じ曲を弾いても気分や機嫌で、全く異なった印象を与えるのである。そりゃあ、人間が弾いているのである。毎日毎日、同じ調子という訳にはいかないだろう。天気や季節によって、ピアノの調子も違うのだ。そこにレコードではなく、生演奏という良さがある。

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自分はとるに足らない存在だと思っている。それは今も変わらない。そんなことないよ、という言葉が聞きたい訳でもない。どこにでもいる。それが、自分なのである。元来、流されやすい性格で大小様々なことに巻き込まれてきた。最早体質と言ってもよい。できることなら、流されてもっと遠くへ行きたい。

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