roika_works 【私と君】二人の日常 忍者ブログ
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 「先生、編集社の方がお見えです。」
私は原稿を直している途中だった。
「すまんが、客間に通して、お茶を出してくれないか。」
ペンを走らせながら、私はそう返した。もう少しで終わりそうだ。
「分かりました。そのようにして、暫く私がお話ししてますね。」
君は察しがよくて助かる、と心の中で思った。
 「先生は、どの天気が好きですか?」
じっと机に向かって物書きをしている私の背中に、君は語りかける。
「曇りだね。」
君が私の背中に、『くもり』となぞった。
「なんとなくそんな気がしました。」
君は嬉しそうに笑い、背中合わせに座り直した。
「先生と一緒の傘に入れるから、私は雨が好きです。」
君が好きだと言っていた、雨の日だ。
私は用事があり、外出せねばならなかった。君を送り、目的地へ向かう事としよう。黒蝙蝠(くろこうもり)の様な傘を広げると、私の左側に君が滑り込む。
「雨の日も良いものですよね?」
と、君は嬉しそうに笑う。
「そうだなあ、確かに悪くない。」
そう言いながら、一歩踏み出した。
 今日は君が来なかった。
珍しい事もあるものだと、壁に掛けたカレンダーを見やる。
『来週から試験があるので、再来週にお邪魔しますね。』
と君が言っていたのを思い出した。そうか、今週は君は来ないのか。
その間に私は、仕事を片付けておくとしよう。私は再びペンを取り、原稿用紙と向かい合った。
 雨音がする。試験勉強は、憂鬱極まりなかった。
『原稿が進まないなあ。』
とボヤく先生の声を思い出した。試験期間が終われば、またお邪魔することになっている。今日はまだ火曜日、週の初めの方である。
なんだか調子が狂うなと思いながら、教科書に再び目を落として勉強を進める。雨は、まだ止まない。
 今日は晴れた。気持ちよい青空が広がり、ぷかりと雲が浮いている。
連載原稿が、上がった私は今日は少し腑抜けている。勿論、他の原稿も、進めなくてはいけないが。畳の上に、ごろりと横になって、空を見始めたらどうにも動くのが億劫になってしまった。
寝返りを打つと、ざらりと畳の表面が音を立てた。
 試験も半ばを過ぎた所である。
苦手な数学の試験を終えたので、気持ちが楽になった。明日も試験はあるのだが、得意な語学系なので試験勉強も順調に進んでいた。壁に掛かっている、カレンダーを見やる。
今日は木曜日だ。先生が好きな太陽が薄雲に隠された日和である。さて、と再び彼女は勉強を再開した。
 窓に雨粒が当たる、ぽつぽつと音が聞こえる。
次第に雨足が強まり、雨の向こう側が、霧で見えなくなった。予想以上に強い雨だ。
この時間には、もう君は帰り着いたかと十七時を示す時計を見やる。
窓にぶつかる雨粒が流れ落ち、窓枠に溜まっていく。
今日は金曜日だ。来週の月曜には、君がやって来る。
 玄関の引き戸が、開いた。
「ごめん下さい。先生、いますか?」
君の元気な声が聞こえ、ペンを置く。久し振りに声を聞いたら、新鮮な気持ちだ。
「久し振りだね、いらっしゃい。」
君は笑って「少しは寂しかったですか?」
と冗談めいて言った。
「そうだねえ、君と同じ位には寂しかったさ。」
と私は答えた。
 私は君と河川敷を並んで、特に目的も無く散歩をしていた。
原稿が詰まった私が、君を散歩へと連れ出したのだ。
「緑が綺麗ですね、先生。」
河川敷沿いの桜の木は、若い葉を揺らして木漏れ日がその度にきらりと輝いている。
「そうだねえ。初夏の様だ。」
木漏れ日が映る君の横顔は、とても綺麗だった。
 「君は、毎日此処へ来ていて良いのかい?」
疑問に思った事を問い掛けた。彼女だって、友達付き合いや家の用事だってあるだろう。君はお茶をゆっくり飲みながら、小説を読んでいた視線を上げる。
「ちゃんと友達もいるし、家の用事だってこなせているから。」
心配しないで、と君はにこりと笑った。
 締切間近となった原稿を進めながら、君に言った言葉を思い出す。
『原稿に集中したいから、暫く一人にしてくれないか?』
その言葉を聞いた君は少し、落ち込んだ風だった。君との距離が近付き過ぎてしまったと感じていて、私は怖くなったのだ。
 非常に情けない話だが、私は君を好きになるのが怖かった。


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