roika_works 【僕と猫】僕等の日常 忍者ブログ
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 私は生まれながらにして野良猫であった。
最初こそ母猫や兄弟猫もいて、賑やかであったが独り立ちをしてからは孤独もいいところである。
残飯を漁り、たまに公園に来る猫好きに餌を分け与えてもらう(本来は動物に餌を与える事は禁じられているはずだ。)
それで何度か、寒さに凍える冬と緩やかな春と過酷な夏をやり過ごした。
その間幾度か試してみたが、自分の思った事が通じる人間は1人もいなかった。
種族が違うのだから当然であるが。
私は少しばかり、退屈を持て余していた。
 初秋に差し掛かり、空の雲が筋状に伸びすっかり秋の空となる。
その頃に初めて、私の言葉が通じる人間が存在すると知った。
「どうしたの?ミケちゃん?」
私の毛色から推測したであろう名前を呼ばれたので、私は自分の名前を名乗った。
「私の名前はカエデ。季節の名前をとってつけたと、母に聞いたわ。」
と何度目か分からない自己紹介を試しにしてみた。
もしかしたら、通じるのではないかと一縷の望みを掛けて。
「僕の名前は、タケル。父さんがタケフミだから漢字をひとつ貰ったと聞いたよ。」
タケルと名乗る少年はまだ小学生低学年といったところだろか。
快活な中にも聡明さが伺える目をしていた。
「タケルとは、気が合いそうだわ。」心底そう思った。
 この人間が私の最初の友達となった人物である。
 しんしんと雪が夜から降り続いており、タケルは公園に住み着いているカエデのことを心配していた。
公園のブランコの椅子で震えているカエデが容易に想像できて、気が気ではなかった。
翌朝、家に余っていた段ボールと、使っていない膝掛けを母から貰い公園へとタケルは足早に向かった。
母は何故それを欲しがるのかと不思議そうにはしていたが、深く追求はしてこなかった。
外は一面の銀世界だった。
近所の家の屋根にこんもりと積もった雪はアイシングクッキーのようで、少し美味しそうに思えた。
いつもより多少時間は掛かったが、公園に無事辿り着いたタケルは公園の中をぐるりと見渡す。
自分以外の人は雪の朝に公園で遊ぼうとは思わないのだろう、誰も人間は居なかった。
「あら、今日は早いのね?」
鈴のような声がした方に目を向けると、カエデが欠伸を噛み締めながら此方へとやってきた。
この公園は四方をこんもりとした植木に覆われているのだが、どうやらカエデはそこを寝床としているようだった。
「雪が降ったから心配になって…。」
タケルは存外に平気そうなカエデを見て、余計なお世話だっただろうかと声が尻すぼみに小さくなった。
前足で器用に顔を洗いながらカエデは言った。
「タケルが優しいのは分かってるは、本当にありがとう。暫く私の寝床にさせて貰おうかしら。」
カエデはゆっくり目を細めて、ついてきてと言うようにタケルの足元を一回りした。
タケルはカエデに導かれるまま、雪の積もった植木の下を覗き込む。
どうやらカエデはいつもそこで寝起きしているようだった。
「よかったら、これ使って?」
通信販売業者のロゴが入った小さめの段ボールに、膝掛けを4つ折りにしてタケルは植木の根元、カエデがいる所へそっと差し出す。
「ありがとう、これで暫くは寒い思いしなくて済みそうだわ。」
少しくたびれたフリース地の膝掛けの上に座り、カエデは嬉しそうに「にゃおん」と鳴いた。
 ついに桜が綻び始めた。
新年度、新学期と、何かと新しいことがあり慌ただしかったが、タケルは公園に居着く野良猫のカエデに会いに行くことは欠かさなかった。
その日もブランコに2人で乗り、珍しくカエデがタケルの膝の上で寛いでいた。
「タケルは今年は何年生になったの?」
喉をぐるると鳴らしながらカエデは背中を撫でているタケルに問うた。
「僕は今日から、4年生になったんだ。」
そうタケルが答えると、カエデは少し興味を持ったようだった。
はらりと桜が風に舞い、公園の地面を薄桜色に染め上げていく。
「その4年生というのは、人間では何歳になるのかしら?」
カエデはころりと、タケルの膝の上で器用に寝返りを打つと反対側の背中をまた撫でるよう無言で催促をした。
「僕は今年の秋で、10歳になるよ。」
そう答えるとカエデは少し驚いた顔をした。
「10年も生きているなんて、人間の寿命は長いのね。」
ふああ、と欠伸をしたカエデに、タケルもつられて欠伸をした。
緩く日差しが照る、春と言うに相応しい日だ。
「10歳って言っても子供のままだよ。何も変わらないし。」
タケルは今年の秋に誕生日を迎える自分に思いを馳せたが、今から大きく何かが変わるとは思えなかった。
「きっと変わるわ。タケルは頑張り屋さんだもの。」
カエデは、優しい声でそう言うと目の前を舞う桜の花弁を目で追っていた。
タケルは何が変わるのか分からぬまま、カエデの背中をふわふわと撫で続けた。
 陽が地面を焼き付けるような季節になった。
蜃気楼が見えそうだなあと、タケルは思いながら帽子を取り額の汗を拭った。
公園への道すがら、コンビニで氷菓子を買い溶けてしまわないよう、気をつけながら歩いていた。
カエデはどうしているだろうか。この暑さでうんざりしただろうか。
いつものような飄々とした姿で現れて、器用に顔を洗って見せるだろうか。
公園に着いて、辺りを見渡す。
いつも居るブランコの所には居なかった。
あそこは格別陽が照っていたから、別の場所にいるのだろう。
何処に居るのだろうと、きょろきょろ辺りを見渡す。
「タケル、こっちが涼しいわよ。」
木の根元の木陰で涼むカエデが居た。
カエデの元に行くと、確かに其処は陽が遮られ幾分か涼しく感じられた。
そこでタケルは手に持っていたビニール袋の存在を思い出した。
「カエデ、これ食べられる?」
無味の氷菓子の蓋を開けて、カエデの目の前に差し出す。
不思議そうな顔をして、カエデは慎重に匂いを嗅いだ。
「大丈夫そうよ。」
その返答にタケルは、ほっとした。
1人で食べるのは、流石に忍びなかったのだ。
「どうぞ。」
蓋の裏面に、スプーンで掻き出した氷で小さな山を作りカエデの方へと差し出した。
ぺろりと小さく一舐めした後、カエデは満足そうに目を細めた。
「こんな日にはこれがよく合うわね。」
カエデは、再度小さな氷の山を一舐めした。
 紅葉が色づき始め、肌寒くなってきた時節。
タケルはもう間もなく10歳の誕生日を迎える。
誕生日プレゼントを貰い、誕生日ケーキの蝋燭10本の灯りをふうっと吹いて消す。
そんなところだろう。とタケルは、去年の今頃を思い出していた。
カエデと出会ったのもこのあたりの時期だったはずだ。
ほぼ毎日と言っていい程、カエデと会っていたこの1年を思い返す。
草花の名前や、公園内の涼しい場所、など様々なことを教えて貰った。
一緒に食べた無味の氷菓子の味を、今でも思い出せる程だった。
いつものように、学校帰りに公園に寄り道をしたタケルはくるりと周囲を見渡す。
「カエデ。」
ブランコの側の日向で、目を細めているカエデの元に近づく。
「いらっしゃい、タケル。」
この文句は毎度会う度の恒例となっていた。
「今日は大事な話をしようと思っていたの。」
カエデは座り直して真剣な眼差しで、タケルを見つめた。
カエデと同じ目線になるため、タケルはその場に座った。
じゃりじゃりと砂の音がする。
「タケルは10歳になったら、私の姿が見えなくなるわ。だから、もうさようならしないといけないの。」
タケルは言われたことの意味を理解するのに、時間が掛かった。
たった1歳でそれ程に違いがあるとは思えなかったのだ。
「なんで…。」
それ以外の言葉が思いつかなかった。頭の中が混乱する。
「9歳までは、一部の人間は私を見ることができるの。10歳になったら、誰も私を見ることはできなくなる。」
タケルは不思議そうにカエデを見つめる。
背中を撫でた感触もこんなに覚えているというのに。
タケルそっと慎重に、カエデの背中へ手を伸ばした。
触れると思ったその時にスッと空気を撫でることができるだけであった。
タケルはハッとした。自分はもう、カエデに触れることすらできないのだと思い知らされた。
「カエデは、神様…なの?」
そう言うとカエデは目を細めて少し楽しそうに何度か瞬きをした。
「神様なんて大したものじゃないわよ。子供を守るための存在なのよ、私は。」
そういうことだったのか…。
タケルは曖昧ではあるが、カエデの存在を理解しつつあった。
「僕はもうすぐ10歳になるんだ。でも、カエデのことは絶対に忘れない。カエデは僕の友達であり、時には姉のように思っていたよ。」
カエデは、照れ臭そうに顔を洗う仕草をして見せた。
「私もタケルのこと、忘れないわ。さようならは悲しいけれど、きっとまた出会えるわ。」
タケルは自分がいつの間にか泣いていることに気が付いた。
濡れた頬を拭う。
「きっと、きっとまた会おうね。」
タケルはそう言うと笑顔を無理やり作った。
一筋の涙が頬を伝い、カエデをすり抜け、公園の無機質な砂に吸い込まれた。


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