roika_works 【私と君】これからの二人 忍者ブログ
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「お付き合いをする…となると、先生は色々と不都合じゃありませんか?私みたいな学生相手だと、先生が悪い様に言われてしまうのではないかと、心配で…。」
「なるほど。」
「先生は、それでも私の事を好きでいてくれるのですか?私は、先生にご迷惑を掛けたくないです…。」
そこで漸く、私の言葉は途切れた。
先生は、少し考え事をしている様で天井を見つめて目を閉じた。
うーん。とひとつ呟いた。
私は、今更になって恥ずかしさでいっぱいであった。
こんなに自分の気持ちを話した事は、過去に無かったのだ。
ましてや、こういった恋愛事は慣れていない。
先生に上手く自分の想いが伝わったのかが不安だった。
私は言葉選びがあまり上手な方ではないからだ。
「好き同士であれ、付き合うとは限らない訳だと私は思う。私は、君とはもう少し仲良くなりたいがね。」
「勿論、私も仲良くして頂けるのは嬉しい事です。」
「ふふ、そう言われると嬉しいものだね。」
先生は少し照れた様子で、頭を掻く。何かを思いついた様子で、先生は私を見る。
「じゃあこの案はどうかね?きちんとお付き合いを始めるのは、君が学生を終えてからで構わない。私は待つのは得意な方だからね。その間に君に別の好きな人が現れても、私は何も文句は言わない。それはご縁というものだからね。君が学生を終えた時、それでも互いの気持ちが変わらなければ、そちらのご両親へお付き合いのご挨拶に伺おう。…これはどうだい?」
「では、それでお願いしてもよいですか…?先生をお待たせしてしまうのは、心苦しい限りですが。私が学生を終える迄の間、先生に別の好きな方が現れても、私は文句は言いません。」
私は先生が出してくれた案に、乗ろうと思った。
お付き合いをする、という事を私がもう少し大人になって理解できる様になったら、私は先生のお傍に居られるようになる。
学生の身分では、先生にも悪い噂が立ってしまう可能性だってある。
そのリスクを回避する為にも、と私は思ったのだ。
「つまり、私達の仲は今迄通り変わらない。放課後に君が我が家に立ち寄るのも、一緒に河川敷を散歩するのもこれまで通りだ。」
「はい。私もこのまま先生と仲良く、思い出を作っていければと思っています。」
そう言うと、互いに笑いあった。
先生は、断られたらどうしようかと思ったと笑っていた。
私は、先生とこれまで通り一緒に居られる事が嬉しくて笑った。
一通り笑い終わると、先生は一つ提案をしてきた。
「ひとつ、私から君に我儘を言おう。下の名前で、呼び合う事に抵抗はあるかい?」
「いいえ、大丈夫です。」
私は先生の些細な我儘を許容できた。
名前を呼ぶのは少し照れ臭いけれど、より親密になった気持ちがしてなんだか嬉しかった。
「良かった。これからは、下の名前で呼ばせて貰うよ、智恵子(ちえこ)ちゃん。」
「分かりました、卓(すぐる)先生。」
そう言うと先生は、また笑った。私もつられて笑ってしまう。
今日は何故だか二人して、笑い上戸だ。
「はは、やはり先生は取れないか。」
「だって、先生は先生ですもの。」
伝えたい想いや気持ちを全て言えた私は、心が青空の様に澄み切った色になっていくのを感じた。
それから私達は、これまでと同じ関係性のままである。
 智恵子は変わらずに我が家へと訪れるし、散歩もいつも通りだった。
変化は、名前の呼び方くらいだろうか。
紫陽花が咲けば紫陽花を見に行き、紅葉の時期になれば紅葉を二人で見に行った。
そうして少しずつ、思い出のページが増えてゆく。
どのページも愛おしく、その時の風景や感情が思い出せる程だった。
「卓先生、郵便受けに手紙がありましたよ。」
「悪いね、ありがとう。」
今日も変わらず我が家へと訪れた智恵子は、何通かの手紙を私に手渡す。
どうやら、ファンレターというものらしい。
この私もついに、そういった手紙を貰える様になったとは…としみじみ思う。
「そういえば、智恵子ちゃんからはファンレター貰った事ないなあ。」
「もう、何言ってるんですか!ほら、原稿原稿!」
少し茶化す様に智恵子に言うと、顔を真っ赤にして恥ずかしがっていた。
これだから先生は…とぶつぶつ言っていたが、そこまで私は追及をしなかった。
いつもの様に、鞄から文芸誌を取り出し目を通し始めた智恵子を見て、私も原稿へと向かい合った。
原稿用紙を走るペンの音と、文芸誌のページを捲る音、時計の秒針の音、その三つがこの部屋を支配していた。
連載というのは難しい。
編集の意向によって、物語を変えなくてはいけない事も多々ある。
だが、文字書きとして生きている以上、これは避けられない事だった。
編集者が居なければ、物語が世に出る事も無くなってしまうので、どうにかこうにかして折り合いを自分の中でつけなければならない。
そうして、互いに会話をする事も無く私達は目の前の事を黙々と進めていた。
「卓先生、そろそろお茶飲みしましょう。」
「それはいいね。最近、新しく緑茶の茶葉を買ったのだよ。」
「わあ、きっと美味しいですね。」
「どうだろうね、美味しいと良いけど。」
 そう言いながら二人して台所まで会話をしながら行き、やかんで湯を沸かす。
湯が沸く迄の間は、世間話をしたりする。
「今度の散歩では、何処へ行こうかね。」
「そういえば、商店街に新しく和菓子屋さんが出来ましたよ。行きました?」
「ああ、目の前を通り過ぎただけだね…。美味しいのかい?」
「それはもう、お茶にぴったりという感じですよ。」
智恵子はその和菓子屋で買った菓子の事を思い出して、にこにことしていた。
ああ、こういう所が好きなんだなあと今の会話とは全然別の事を心の中で呟いた。
智恵子には笑顔が似合う。
「それじゃあ、今度の散歩はその和菓子屋に立ち寄る事にしよう。」
「楽しみです。」
湯が沸き、新しい茶葉の袋を開ける。爽やかな香りが一気に広がる。
これは美味しいお茶に違いない。
二つの湯飲みに淹れられた緑茶は、薄黄緑色に輝いていた。
「さあさ、客間へ行こう。確か、茶菓子があった筈だ。」
「あれ、珍しいですね。先生が買ったのですか?」
「いや、編集者が持ってきてくれてね。」
確かこの辺り…と戸棚を探り、目当ての茶菓子を見付ける。
どうやら、煎餅の様だ。その箱をちゃぶ台に置き、二人で向かい合って座る。
緑茶を飲む。確かに、美味しい。煎餅もなかなか美味しかった。
「この組み合わせは、なかなか美味しいものだ。」
「本当ですね。」
目が合う。私達は自然に笑っていた。


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