roika_works 【単発】最後のワンフレーズ 忍者ブログ
Twitterで投稿した小説やイベント参加情報をまとめています
Admin / Write
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

乾燥して砂埃の舞う駅前に集まった人々は、手に日の丸の旗を持っている。戦地に向かう男たちを見送る女子供や、老人の顔は皆笑顔だ。私はまだ五つの弟を連れて、その人だかりの中から抜け出した。空の青さだけがやけに際立って見えて、少し悲しかった。

兄に赤紙が着たのは、一週間ほど前のことだった。元々兄はあまり体が強くなかった。一回目の時はそれを理由に、徴兵を免除されていた。これで兄は戦地へ行くことはないと安堵したのだ。物静かで書物を読むことが好きな兄に、私は殺しをして欲しくはなかったのだ。

父が戦地へ向かい、暫らく便りがきていなかったので私は心配していた。なんとなく家族は察知していたが誰一人として、そのことを口にする者はいなかった。それから程なくして、父が戦地で玉砕したとの通達があった。母は父は立派に戦ってお国の為に、桜になったのよと笑って言った。だが、私はその晩母が一人で泣いているのを偶然見ている。気丈な人である母が声を殺して泣いている姿を見て、私は声を掛けることも出来なかった。漠然とこれ以上、人を死なせる訳にはいかないと思ったのだ。だからと言って私に何が出来ると言えば、何もなかった。ただ、毎日ラジオから流れる戦局を伝える音声を聞きながら、戦争が終わることを待つことしか出来なかった。

「どうした、そんな顔をして。」

少し離れた場所で廃材の山に座り込んでいた私と弟の前に、兄がやってきた。着なれていない軍服に身を包み、極僅かの荷物と水筒を肩に掛けている兄はどこか気恥ずかしそうだ。今日、この町からは三人が戦地へと向かう。兄の他には、一本向こうの筋の家の人と、駅を挟んで私の家とは反対にある金物屋の息子だ。狭い町だったので付き合いは然程なくても顔は両方共知っていた。時折拍手と歓声が上がる、駅前の人だかりを見て意識しないうちに溜息を吐いた。

「兄さんには、行って欲しくない。」
「今回ばかりは仕方ない。」

困ったように笑う兄は、頭を撫でながら家を頼むぞと言った。その時の兄の目は人の良い笑顔を浮かべているいつもの兄とは、違っていた。ああ、兄もきっと自分の未来は予感しているのだろう。度重なる空襲、少ない配給、戦局は厳しいのではないかという噂。不安になる要素は多過ぎるほどにあった。それでも兄は見送りの人々に笑ってみせ、立派にお国の為に戦ってまいります、とお決まりの台詞を言っていた。

「まだ、コイツは小さいからな。ちゃんと見てやっててくれ。」

弟も兄と別れることは分かっているらしく、神妙な顔つきで黙っていた。良い子にしているんだぞという兄に頷いてみせて、弟は兄の腰に腕を回して抱きついた。細身な兄は腕も足も前より随分と細くなり、掌も薄く骨ばっている。何も言わずに弟の頭を撫でながら、兄はゆっくり目を閉じる。その数秒もしない僅かな時間は、何かを決意しているようにも見えた。

「兄さん、」
「大丈夫だ、もうすぐ戦争は終わる。そうしたら、勉強でも教えてやるよ。」

その約束は兄はまたここへ私の元へと帰って来てくれるという、微かな希望に感じられた。先程人々に言っていた言葉とはまるで逆の言葉だが、私はこの兄の言葉を信じている。暗に込められた、必ず帰ってくるという意思が感じられる言葉を胸に私は母と弟を、守るという決心を固めた。

「気を付けて行ってきて下さい。」
「ああ、行ってくるよ。」

遠くから聞こえる汽車の音に、顔を上げる。よく晴れた日に旅立った兄から便りが届くことは一度もなかった。

拍手

PR
HOME | 172  171  170  169  168  167  166  165  164  163  161 

忍者ブログ [PR]