×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
一気に秋めいてきた、今日この頃。
私は原稿を書いている。
大体いつもこの文机に向かい、ペンを走らせている。
時折、資料の本を読み、ページに栞を挟みその場へと置いておく。
そうして私の部屋は、文字に溢れかえってしまう。
「卓さん、何かお片付けしましょうか?」
「ん、悪いね、これ以外は適当に本棚にしまって貰えるかい?」
「分かりました。後で、お茶持ってきますね。」
「ありがとう。」
私が原稿に追われていると、君はこうして文字に溢れかえった部屋を少しずつ整えてくれる。
適当にしまって良いと伝えても、君はきちんと元の場所に本をしまう。
いつの間に覚えたのだろう。
なんだかんだで、長い付き合いだから自然と覚えてしまったのだろうか。
君が本棚に本をしまっていく音を聞きながら、私は原稿を進めていく。
今日中には、なんとかなりそうだと目処が立ってきた。
「お茶持ってきますね。」
「悪いね、助かるよ。」
「良いんです、私が好きでしていることですから。」
そう言って君は台所へと行った。
色々と細やかに気遣いが出来る君を、私は尊敬している。
私には、そういったことが中々出来ない。
君はすぐに戻ってきて、にこりと笑った。
「卓さん、休憩も大事ですよ。」
「そうだね。君の言うとおりだ。」
小さい折り畳み机を引っ張り出し、そこに急須と湯飲みが乗った盆を置く。
「この茶葉美味しいので、どんどん減りますね。」
「本当だ。また買いに行かないといけないなあ。」
「明日辺り、お散歩しながら行きましょう。」
「そうだね。」
湯飲みに注がれた緑茶は、綺麗な薄緑に輝く。
私は湯飲みに口をつけて漸く、ほっとした心持ちになれた。
段々と空が高くなる。
星がよく見えるようになってくる。
久し振りに星座盤を取り出す。
ぐるりと回して、今日の日付に合わせた。さて、見えるかどうか。
「どう?」
彼女は、マグカップを2つ持ってやってきた。
そのマグカップを受け取り、天体望遠鏡を覗き込む。
隣に座る彼女からは、シャンプーの香りがする。
「見えそうだ。寒くない?」
ブランケットを彼女に手渡して、天体望遠鏡の側に来るよう促す。
「ありがとう。」
彼女は、そっと望遠鏡を覗く。
其処には宇宙が広がる。遠い遠い宇宙が。
暫く夢中になって観ている彼女の隣で、マグカップに口をつける。
温かいカフェオレが、優しく身体を温める。
「凄いね。」
彼女は、此方を振り返って嬉しそうに笑う。
その笑顔が見られただけでも、充分だなあと感じた。
「誕生日、おめでとう。」
「ありがとう。」
彼女は隣に戻ってきて、ブランケットで2人を包み込んだ。
ふわふわとした触り心地の柔らかいブランケットだ。
「去年も星が観られて嬉しかったなあ。」
「そうだね。」
雨が降る。ここ数日は、ぐずついた天気が続いている。
出掛けるのも億劫だというのに、こんな時でも仕事へは行かねばならぬ。
上下のスーツに着替え、ネクタイを締めながら鏡で自分の眠たそうな顔をぼんやり見る。
『何かの間違いで会社爆発しねえかな。』
物騒な事を考えながら、鞄を持ち家を出た。雨音が一層強く聞こえる。
念の為いつもよりも早く出社しているあたり、自分も充分飼い慣らされた会社員であると思った。
案の定、駅は混雑しダイヤの乱れもある様だった。
ビニール傘を畳み、目的のプラットホームへと向かう。
液晶ビジョンに速報ニュースが流れている、目を向けて内容にギョッとする。
「な、嘘だろ…。」
『速報 株式会社○○のビルが爆破される』
速報の赤い文字がまるで血文字の様だ。
さて、どうする。会社に行ったところで建物は崩壊している。
動揺しているところで、社用の携帯電話に電話が掛かってきた。
「もしもし。」
『もしもし、ニュース見たか。今日は自宅待機だ。』
電話の相手は自分の直属の上司であった。
「せ、先輩、何がどうなっているんですか?」
『こっちが聞きたいくらいだ。一応、用心しておけよ。何が目的か分からないからな。』
「…はい。失礼します。」
電話はそこで終わった。目的地を失った自分は、ふらふらと自宅へと足を向けた。
まさか、本当にこんな事があり得るとは思いもしなかった。
自宅へと着き、暫くそのままぼうっとしていた。
漸く部屋着へと着替えた頃に、今度は私用の携帯電話に電話が掛かってきた。
非通知だ。誰だろうか。
「もしもし?」
『やあ、おはよう。こんな雨の日に、爆破させるのは大変だったよ。』
背筋がゾッとするのを感じて、振り返る。
そこには誰もいない。当たり前だ、此処は自宅なのだ。
「何の話…、ってか、誰だよアンタは!」
『何かの間違いで会社爆発しねえかなあ、そうボヤいてたのは君だろう?』
盗聴器が仕掛けられているのか?部屋には、自分以外入っていない筈だ。
「だからってあんなことするか!?」
『君の為を思ってしたのに、散々な言われようだねえ。』
「意味…わかんねえよ。」
拳を固く握り締め、テーブルを叩く。
リモコン類が、ガタガタと揺れるだけだった。
『じゃあ、そろそろ切ろうか。あ、名前だったね。私の名前は、スズキだ。じゃあ、またね。』
電話は唐突に終わった。
自分の荒い呼吸音の他には、窓に打ち付ける雨の音しか聞こえない。
カテゴリー
最新記事
(12/31)
(06/29)
(06/29)
(09/08)
(05/18)
カウンター
since:2016.04.30