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例えばの話だ。君が私を好いていたとしてだ。私は人に比べれば金を持っていないし、不健康な生活をしている。君より先に、私は死ぬだろう。君に残せるものは、僅かな金と大量の原稿しかない。原稿は囲炉裏にでも焚べてしまえばいい。暖かさの、足しになるだろう。それでもよければ、一緒にならないか。
言葉とはこんなに難しいものだったか。文芸誌に連載を持つ身であっても、他人に話して物事を伝える事が私は酷く苦手であった。その為、手紙をまめに書く。しかし、君に宛てた手紙では、何度もペンが止まる。もっと良い言い回しがあるのではないか、君にきちんと伝えられるかという不安に苛まれている。
「先生、早くしないと桜が散ってしまいます。」
君は玄関口から、大きな声で私に呼び掛けていた。
「とりあえず、上がりなさい。」
私は身支度を整えながら、返事をする。
「はーい!」
元気な返事と共に聞こえる足音。どうやら客間に入ったようだ。襟を整え、羽織りを持ち客間に行く。
「よし、行こうか。」
「凄い人出ですね…!」
君は桜よりも先に人の多さに驚いていた。桜の名所の為、人出の多さは納得のいく所であった。人混みの真上に、被さるように桜の枝が伸びている。
「さて、君、手を貸してごらん。」
君は不思議そうに手を差し出す。私はその手を握り歩き出す。君は恥ずかしそうに、前髪を整えた。
君は窓辺で残念そうに、河川敷を見やる。
「先生、桜が散ってしまいましたね。」
私は原稿を確認していた視線を、窓辺へ送る。
「しかし、新緑も良いとは思わないかね。この時期の緑は、優しい色をしているだろう?」
君は小さい声で、少し照れた様子で呟いた。
「先生と見る物は、どれも綺麗に見えます。」
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