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「これ、何て書いてあるの?」
クレアは一冊の図鑑の表紙をショーンに見せました。脚立で上の棚の本棚を見ていたショーンは、目を細めてその表紙の文字を読みます。
「どれ……。『光のいきものと闇のいきもの』だね」
「ひかりとやみ?」
クレアはいきものに、そういった分け方があるのを知りませんでした。もちろん、闇市には不思議な人はたくさんいました。普通の人間とは違う彼らのことを、光と闇で分けられることが少しだけ不思議です。クレアは自分がその図鑑に載っていないのは、ただの人間だからだと思いました。
「少し難しいかな……。今度読んでみるかい?」
「でも、字が読めないの」
小さい声でクレアはしょんぼりと呟きました。しかし、ショーンはそれを全く気にしていない様子です。
「いいかい、クレア。出来ないことは恥ずかしいことじゃない」
「うん」
「字が読めなければ、一緒に練習しよう」
「わかった」
ショーンはクレアの頭を撫でました。しょんぼりとしていましたが、クレアは元気な気持ちを取り戻しました。クレアはできないことが、まだまだたくさんあります。ナイフとフォークはまだ難しいですし、料理も難しいです。ですが、クレアは何もできないということではありません。それをショーンは分かっているようでした。
クレアが選んだ絵本と図鑑を、二人でクレアの部屋へ運びました。クレアの部屋には背の低い本棚がありましたが中身は入っていません。そこに、図鑑と絵本を次々としまっていきます。全ての本をしまうと、空っぽだった本棚は色とりどりの背表紙に彩られていました。さて、本の片付けが一段落しました。ショーンは読まなくなった本をいくつか束ねて紐で縛りました。この本は古本として、後で売るそうです。
「さて、クレア。少し近所を散歩しようか」
「うん!」
二人は折角なので、近所を散歩することにしました。クレアはショーンが昨日買ってくれたこげ茶色のワンピースと黒い靴に着替えました。昨日まで着ていた服は、ぼろぼろだったのでショーンが新しい服をいくつか買ってくれたのです。晴れていると街並みは昨日と違って見えました。石畳の道にレンガ造りの家が並んでいます。どの家も玄関先に小さな植木鉢で花を育てていました。ある家は赤い花、ある家は黄色い花、色も形も様々です。歩道に植えられている街路樹は、黄色く色づいています。
「きれいだね」
「ああ、イチョウは今が見ごろだね」
ショーンは背の高いイチョウの木を見ているクレアの手を取り、歩みを進めていきます。クレアは手を引かれるまま、のんびりとした歩調でショーンの後ろをついていきます。クレアの小さな手には、いつの間にかイチョウの黄色い葉が握られていました。近所を散歩していると、ショーンに声をかける人がいました。
「あら、ショーン。ごきげんよう。可愛いお嬢さんね」
「メアリー、こんにちは。クレア、こちらはミセス・メアリーだよ」
「こんにちは、クレアです」
クレアは緊張しながらも、ぺこりと頭を下げて挨拶をしました。ミセス・メアリーは、クレアを見てにっこりと微笑みました。
「きちんとご挨拶できてえらいわね。私はメアリーよ、どうぞよろしく」
「この間は、リンゴをどうもありがとう。今度紅茶の茶葉を買いにまた伺うよ」
「まあ、ありがとう。そのときには、クレアに合う紅茶も用意させてもらうわ」
「ああ、どうもありがとう」
「いえいえ。では、またね」
ミセス・メアリーは、紅茶の香りを残して去っていきました。ショーンの話によれば、ミセス・メアリーは近所のカフェの人だそうです。ご主人とともに、カフェを切り盛りしているそうです。どんな素敵なカフェだろうと、クレアの想像は膨らむばかりです。二人はしばらくの間近所を散歩して、公園に寄り道をすることにしました。ブランコに乗ったクレアは、ぐんぐんとブランコをこいでいます。ブランコが前後するたびに、クレアの淡い金髪がゆらゆらと揺れています。ショーンはクレアが持っていたイチョウの葉を預かっていました。ショーンのてのひらに収まる小さいサイズのイチョウの葉ですが、クレアの手には大きいイチョウの葉です。クレアはそれが気に入ったようで、家に持って帰ると言って喜んでいます。
「さあ、クレア。そろそろ家へ戻ろうか」
「うん!」
クレアは乗っていたブランコから、ぴょんと飛び降りてショーンの元へ駆け寄りました。そして、当たり前のようにショーンの左手を握りました。こうしてクレアが少しずつショーンに慣れてきていることが、嬉しく感じます。ショーンはクレアの手を取って、家への道を歩いていきます。
二人が家に着く頃には、お日様が西へ傾き始めていました。西日が差し込む窓辺に、レースのカーテンをひいていきます。部屋のランプをつけると、オレンジ色の光で満たされました。
「さてと、今日は魚料理にしよう」
「おさかな?」
クレアは目をきらきらさせて、食料庫の方を見つめています。さて、これから二人で夕飯の支度をします。ショーンは食料庫から、魚を取り出しました。既に塩で味つけがされているものです。クレアはショーンからレタスの葉を何枚かもらい、それを一口大にちぎることになりました。今日は、クレアも夕ご飯のお手伝いをします。
「そうだなあ、クレアにはエプロンを買っていなかったね」
「エプロン?」
「ああ、洋服が汚れてしまわないように、エプロンをしてから料理をするのだよ」
「ふうん」
今日はひとまずこれで我慢しておくれ、とショーンはクレアに大きいエプロンをつけました。クレアは大きいエプロンをして、レタスの葉をちぎります。小さい器にちぎったレタスの葉を敷き詰めて、その上にミニトマトをのせました。こうすれば、立派なサラダになります。
「できたよ!」
「うん、ありがとう。じゃあ、テーブルへ置いておくれ」
「わかった」
クレアは、大きいエプロンを外して、テーブルにサラダを置きました。ナイフとフォークも一緒に並べます。昨日、ショーンが置いていたのを真似して置いてみました。魚が焼ける匂いが、キッチンに広がっています。バターを溶いたフライパンに、味つけをしたサケがぱちぱちと音を立てています。ショーンがサケをひっくり返すと、こんがりときつね色に焼けていました。出来上がりまでは、もう少しです。
「もう少し待っていておくれ」
「うん」
頷いたクレアは、大人しくサケが焼けるのを待っていました。ショーンはサケのムニエルを作っています。そして、空いているフライパンでジャーマンポテトを作っていました。どちらもいい香りがしてきました。
「さて、クレア。平たいお皿を取ってくれるかな」
「これ?」
クレアは食器棚の中にある、平たくて大きいお皿を取り出しました。クレアの顔よりも大きなお皿です。ショーンが頷いたので、クレアはお皿をキッチンの台に置きました。二人分のお皿に、ショーンはサケのムニエルとジャーマンポテトを盛り付けました。盛り付けたお皿は、ショーンがダイニングテーブルへ置きました。クレアはその後をついて、ダイニングテーブルのイスに座りました。ショーンは、水差しとグラスを持ってきました。
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